てもゐるので、昔のものを読んで見ても、我々の予期する程は、古い言葉・古い文章には出会はない。記紀を見ても、我々の知らぬ様な事ばつかり書いてあるのかと思つてゐると、案外なのに愕ろくくらゐで、つまりは、本道の古詞章が、さうした古典にもだん/\亡くなつて来て居る。既に奈良朝の人々に訣る程度に、改められて来てゐるのであつて、其なら我々にも理会し易いといふ事になる。而も、其に加へて漢文の助けがある。漢文脈に縋つて表現してゐるので、大体の事は訣つてゆくのだ。
だから、此話をだん/\進めてゆくと、我々の古く持つてゐた文章が、純然たる口語であつたといふ時代は、決して考へられぬ。即、昔からある言葉を土台として、この文章が出来て居り、其文章の最肝要な所が古語で、其周囲に訣ることをつけ足してゆく。かういふ現象を考へてみると、先づ、我々が人に話す口言葉は、その喋つた当座に消えて了ひ、書いたものは何時までも残つてゆくが、昔はこの両者の中間に、もう一つ、記憶せられる言葉といふものがあつた。単なる口の言葉は記憶せられず、又、書く言葉の方は、よほど文化が進んでから後のことである。とにかく、口言葉ではなくて、記憶せられ
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