なければならぬ、といふ言葉乃至は文章があつた。是は勿論、其時に出来たものではなく、昔から伝はつてゐる詞句で、前代の伝承として、後代にも其を伝へるべく、どうしても記憶してゆかねばならぬものだ。人々の間に生きてゐる言葉といふものは、どん/\変化してゆくが、之とは亦別に、変化しない、固定した詞章を覚えてゆく一群の職業者がある。神事に従ふ人・まじっく[#「まじっく」に傍点]を施す人、詞章の種類性質によつて、その伝承者は違ふけれども、とにかく古詞章を記憶し、其を伝へてゆく団体が幾つもあつた。是が次第に亡びてゆく様になると、伝承者は高貴の生活をしてゐる人の上に移つてゆく。尊族・貴族の方々は、殆ど神に近い生活をされてゐるから、さうした神聖な詞章が伝承してゆかれる訣で、さうした家柄の子弟の教育は、かゝる古い詞章を覚えることであり、此教育は平安朝まで続いた。かうして、次第に神事に関係ない者に、神聖なる詞章が伝承されてゆくことになる。是が所謂、ことわざ[#「ことわざ」に傍点]といふもので、句又は短い文章である。何の為に之を伝へたかは、はつきりは訣らない。或は昔からのもの、神聖なものだから、として伝へたもの
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