伝へが区々になつたゞけで、常世から出て来る威霊が、おほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]に著いて、葦原の国を経営する力を、与へたのである。其を、魂と感じた時に、和魂・荒魂の話となり、神と感じた時に、すくなひこな[#「すくなひこな」に傍線]の話となつた。
常世の国から来るのは、大抵小さな神である。譬へば、信州南安曇郡の穂高の社は、物ぐさ太郎の社だといふ(お伽草紙)。つるま[#「つるま」に傍線]の郡あたらし[#「あたらし」に傍線]の郷に流された、公家に出来た子が京に上つて、一度にえらくなるのは、魂が著いたからである。其肝要なところが、此話には脱けてゐる。物ぐさ太郎の話は、穂高の話ばかりでなく、山城の愛宕の本地と、関係が深い。その様な、神の話を持つて歩いた神人が、諸国にゐて、越後から川づたひに、信州に這入つて、根を下したのである。
小さな神が、人間の助けを得て、立派な神になる話は、日本の昔物語・神話に沢山ある。すくなひこな[#「すくなひこな」に傍線]の話も、此である。物ぐさ太郎は、人間が育てゝゐる間に、立派なものになつたのである。ともかく、常世国から渡つて来る、小さな不思議な神は、もとは霊
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