す。此事を言ひたいのです。名高い物になつた恋愛の歌といふものは、応用的のもので、実感を湛へたものでない。
歌垣の話ですが、最後にあげました村人が神の庭に集まる神祭りの場合、村中の男と女とが、極めて放恣な――後世から見て――夜の闇に奔馳する。さうした事は、神の資格に於て、村の男が、神の巫女なる村の女に行き触れて居たのです。祭り場の空気が、そこまで有頂天に人々をさせる迄の間は、男方と女方とに立ち場処を分けて、歌のかけあひ[#「かけあひ」に傍線]をする。男方から謡ひ出した即興歌に対して、女方からあとをつけるといふ儀式がある。此を歌垣と言ひ、方言ではかゞひ[#「かゞひ」に傍線]・をづめ[#「をづめ」に傍線]などと言うたらしい。男と女のかけあひ[#「かけあひ」に傍線]だから、性的な問答が中心になる。而も相手を言ひ伏せる様な文句が闘はされるのです。性愛の相手を求めるのでなく、語《ことば》争ひがかうした儀式の目的なのです。だから、其間にとりかはされる恋愛問答の歌は、相手の足をすくはうとか、凌駕しようとかいふ点に、焦点を据ゑます。さうして発達した――かういふ場合が短歌を伸びさせたのです――恋愛の歌は、
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