語に対する私の頑冥な偏僻が、これ等の東洋語の記憶をすら妨げて居る事が、段々訣つて来た。それで、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]語までは、手が届かないで了うた。でも、この先生の新鮮な感覚によつて蘇らされたあいぬ[#「あいぬ」に傍線]の文法の講義や、座談には、衝動に堪へぬほど、多くの暗示が籠つてゐた。未開時代の種族・社会に偶発する共通民俗も、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]の場合は、東方日本の先住民として、民族的交渉の程度に疑ひのあるだけ、殊に注意は緻密にならないでは居ない。
その頃一方に、律文学の文学史に最、興味を持つてゐた。語部なる部曲については、古史伝以外には、まだ明確な、記述も研究もなかつた。ある時、重野安繹博士の国史綜覧稿の出版に臨んで、何かの意味を持つて催された講演会で、始めて偶像破壊者と謳はれて来てゐた翁の口から、語部の話を聞いた時は、此部曲の職掌について、一点の疑ひもない定説が、発表せられたものだと信じた。其と共に、我が古代社会の指導力としての詩のあつた事を知つて、心躍りを禁ずる事が出来なかつた。かうした興味を持つた私が、先生から、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]の詞曲ゆから[#「ゆか
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