うてゐて、而も、念仏踊りと称へて居る。
かうした村田楽の、念仏踊りの古い時代に、念仏聖一派の手で、専門の芸能として行はれたものが、時の好みを逐うて、小唄踊りや、狂言をとり容れ、其が、巫女を主役とする様になると、お国を代表者とする新念仏踊りとなつた。念仏踊りなるが故に、巫女の資格の芸能人も、聖の男踊りの姿に扮することを、序開きの条件とし、其後は、巫女舞ひから、多くの小唄組み踊りを演じた。又狂言には、当世風流の寛濶ぶりをうつして、歌舞妓芸を創作する様になつた。
田楽・念仏の類似点から推した関係は、この様に複雑だが、さて、境界線を画する段になると、現存のものだけについてさへ、判然たる断言を下すことが出来ないのである。まして、近古・近世に亘つては、本質的な差異を鑑別する力が、実感となつては、私には、浮んで来にくい。文学・芸能の複雑な共通点は見えても、これを単純な、別々の元の姿に、還して来る能力には劣つてゐる。
私は、沖縄に二度渡つた。さうして、島の伝承に、実感を催されて、古代日本の姿を見出した喜びを、幾度か論文に書き綴つた。其大部分は、此本に収められてゐる。私のよい同行の友人の中にも、既に、
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