ね)」でもよい処だ。恐らく此場合は、「我が二人寝し我が」といふ形だらう。「易く膚ふれ」と「わがゐねし」とを並べて考へれば、「し」の出て来る気分が知れると思ふ。さうして見ると、榛の木の歌も、「猪のうだき畏みわが逃げ登りし猪のうだき」と解すべきで、「ありをのうへの榛の木の枝」は、所謂囃し詞に属すべきものかも知れぬ。先に出た倭建命の歌と、其事情の似たものを、二つ連ねて見ると、
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をとめの床のべに[#「に」に傍線]、わが置きし[#「し」に傍線]劔の大刀。その大刀はや。尾張にたゞに向へる尾津の崎なる一つ松。あせを。……
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即、榛の木の歌と、様式上に非常に近似性を持つてゐることが知れる。
過去表現に関しては、尚説かねばならぬものが多いが、今は其形容詞語尾と、発生径路を分化する以前を説くに止めねばならぬ。何にしても、「し」が時間意識を出して来る過程には、詠歎と、回想とを加へて来なければならなかつた。さうして更に、形容詞語尾と、明らかな差別を出すためには、熟語を構成する事から、解放せられねばならなかつた。併し一方、形容詞も亦、外見から言へば、独立した形を作
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