ての深みを加えることになる。けれどもここに、一つ考えねばならぬ事は、我々の祖先の残した多くの歌謡が、果して真の抒情詩かどうか、と言う事になると、尠《すくな》くとも私だけは、二の足を踏まないでは居られない。古典としての匂いが光被して、鹸《あく》や、脂気を変じて、人に迫る力としていることも、否まれない。
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巌門《いはと》破《わ》る手《た》力もがも。嫋《たわや》き女《をみな》にしあれば、すべの知らなく
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[#地から2字上げ]手持[#(ノ)]女王
[#地付き](万葉集巻三、四一九)
これは挽歌《ばんか》として、死霊を和《なご》める為の誇張した愛情である。
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稲つけば、皸《かゝ》る我が手を 今宵もか 殿の若子《わくご》がとりてなげかむ
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[#地付き](同巻十四、三四五九)
これが婢奴《めやっこ》の独語とすれば、果して誰が聞き伝えたのであろう。これは必、劇的誇張を以て、共通のやるせなさを唆《そそ》ろうとする叙事詩脈の物の断篇に違いない。こうした古代の歌から、我々が正しく見ることの出来るは、結局生活力の根強さ
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