なる歳神《トシガミ》――歳徳神《トシトクジン》とも言ふ――の姿も、高砂の尉と姥の様な、と形容する地方が多いやうです。さすれば、考妣二体の祖霊です。近世の歳神は、海を考へにおいた常世神と違つて、山から来る様に、大抵思はれてゐます。同じ名の神の性格にも、古今で、大分違ひがある様ですが、出雲人の伝へた御歳神・大歳神は、山祇《ヤマツミ》の類と並べてある処を見ると、山中に居るものと見てゐたらしいのです。古く、海祇《ワタツミ》から山祇に変化すべき理由があつたからです。近代の歳神には、穀物の聯想が少くなつて、暦の歳の感じが多く這入つてゐますが、此名は俗陰陽道などが、古代の神の名を利用して、残し伝へたものと思はれます。だから、方位の聯想などがあるのです。
山から来る歳神にも、一人としか考へられてゐないのがあります。又群行を信じてゐる地方もあります。歳神にお伴があるわけです。かうなると、祖霊来臨の信仰に近づいて来ます。年神棚を吊らず、年縄や年飾りをせぬ家や村があります。此等は、山の歳神以前の常世神の迎へ方を守つてゐて、家風の原因を忘れたものが多いのでせう。だが、まだ外にも理由はある様です。

     
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