られてゐる様であります。殊に「真澄遊覧記を読む」の章の如きは、かの「なもみはげたか」の妖怪の百数十年前の状態を復元する事に、主力を集めてゐられます。馬糞紙のらつぱ[#「らつぱ」に傍線]は、更に大きくして光彩陸離たる姿と、清《スヾ》やかに鋭い声を発する舶来の拡声器を得た訣なのです。
一三 雪の鬼
真澄の昔も、今の世も、雪間の村々ではなもみ[#「なもみ」に傍線]を火だこ[#「火だこ」に傍線]と考へてゐる事は、明らかです。が、火だこ[#「火だこ」に傍線]を生ずる様な懶け者・かひ性なしを懲らしめる為とする信仰は、後の姿らしいのです。
かせとり[#「かせとり」に傍線]・かさとり[#「かさとり」に傍線]とも此を言ふ様ですが、此称へでは、全国的に春のほかひゞと[#「春のほかひゞと」に傍線]の意味に用ゐてゐます。かせ[#「かせ」に傍線]はこせ[#「こせ」に傍線]などゝ通じて、やがて又|瘡《カサ》・くさ[#「くさ」に傍線]などゝも同根の皮膚病の汎称です。此をとりに来るのは、人や田畠の悪疫を駆除する事になるのです。なもみはぎ[#「なもみはぎ」に傍線]・かせとり[#「かせとり」に傍線]の文言は形式化したものでありますが、春のまれびと[#「春のまれびと」に傍線]の行つた神事のなごりなる事だけは、明らかになつて居ました。
ものもらひ[#「ものもらひ」に傍線]などもさうです。恐らく、春のほかひゞと[#「春のほかひゞと」に傍線]が此に関係して居つた為の名でせう。ばら/\に分布してゐる、此目瘡の方言まろと[#「まろと」に傍線]なる称へは、祝言・ことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]がまだ、原信仰を存して、まらうど[#「まらうど」に傍線]のするものとした時代から、ほかひ[#「ほかひ」に傍線](乞士)・もの貰ひの職となつた頃まで、引き続いてゐた事を見せてゐる様に思ひます。即、まれびと瘡[#「まれびと瘡」に傍線]が、なもみ[#「なもみ」に傍線]の一種であつたらしい、と言ふ仮説を持つてゐたのであります。なもみ瘡[#「なもみ瘡」に傍線]が、薬草の※[#「台/木」、第4水準2−14−45]耳子《ヲナモミ》・めなもみ[#「めなもみ」に傍線]などに関係のある事だけは、多少想像してもよいと思ひます。此草、支那に於てすら「羊負来」と呼ばれる通り、異郷の草種だつたのです。
かう言ふ風に考へられてゐる、私の疎かな組織に組み入れた春の妖怪は、沖縄にも、旧日本にもあつたのです。
寺々の夜叉神も、陰陽師・唱門師から、地神経を弾いた盲僧・田楽法師の徒に到るまで、家内・田園の害物・疾病・悪事を叱り除ける唱へ言を伝へてゐたのも、皆、此まれびと[#「まれびと」に傍線]」としての本来の俤を留めてゐたのです。
私は数年来、知らぬ奥在所の人々からは、気の知れぬと思はれるばかり、春の初めを幾度か、三・遠二州の山間に暮しました。其処で見た田楽や田楽系統の神事舞の中にも、やはり正式には、家内・田園の凶悪を叱る言ひ立てを見出しました。此が大抵、翁或は其変形したものゝ発する祭文或は宣命といふものになつて居りました。
一四 菩薩練道
牛祭りの祭文を見たばかりでは、こんな放漫な詞章がと驚かれる事ですが、邪悪を除却する宣命の所謂ことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]のみだりがはしきに趨く径路を知つて居れば、不思議はない事です。あれは、人身及び屋敷の垣内・垣外の庶物の中に棲む精霊に宣下し、慴伏せしめる詞なのです。
大昔には、海の彼方の常世の国から来るまれびと[#「まれびと」に傍線]の為事であつたのが、後には、地霊の代表者なる山の神の為事になり、更に山の神としての資格に於ける地主神の役目になつたものでした。さうして、其地主神が、山の鬼から天狗と言ふ形を分化し、天部の護法神から諸菩薩・夜叉・羅刹神に変化して行く一方に、村との関係を血筋で考へた方面には、老翁又は尉と姥の形が固定してまゐりました。
だから、此等の山の神の姿に扮する山の神人たちの、宣命・告白を目的とした群行の中心が鬼であり、翁であり、又変じて、唯の神人の尉殿、或は乞士としての太夫であつたのは、当然であります。翁及び翁の分化した役人が、此宣命を主とする理由は訣りませう。仮りに翁の為事を分けて見ますと、
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語り
宣命
家・村ほめ
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此三つになります。さうして、其中心は、勿論宣命にあるのです。でも、此三つは皆一つ宣命から分化した姿に過ぎないのです。
一五 翁の宣命
宣命と名のつく物、宣命としての神事の順番に陳べられるものは、其詞章がたとひ、埒もない子守り唄の様に壊れて了うてゐるのでも、庶物の精霊に対する効果は、恐ろしい鎮圧の威力を持つものでした。中世以後、祝詞・祭文以外に、宣命といふ種類が、陰
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