ミ》に奉仕して、時には、海の神人の資格に於て、海祇としての行事を摂行する事がありました。海人の献つた御贄は、海祇の名代で、同時に、海祇自身のする形なのでした。私は海部・山部を通じて、先住民の後とばかりも言へぬと考へます。おなじ族中の者が、海神人・山神人に択ばれて、常住本村から離れて住んで居て、其が人数の増した為に、村を形づくつたものもあると思ひます。
勿論、前住民の服従を誓ふ形式の寿詞《ヨゴト》奏上を以て、海人・山人のことほぎ[#「ことほぎ」に傍線](祝福)みつぎ[#「みつぎ」に傍線]の起りと考へる事も出来ますが、其は第二次の形です。初めの姿は、海祇即、常世人(わたつみ[#「わたつみ」に傍線]の前型)に扮するのは、村の若者の聖職なのでした。其が山地に入つて、山の神を、常世人の代りにする様になつて来る。此までは、常世の海祇の呪法・呪詞のうけて[#「うけて」に傍線]の代表者は、山の神なので、其山の神が、多くの地物の精霊に海祇の呪詞を伝へる役をしました。其が一転して、海祇に代る様になつたのであります。
さうすると、山の神の呪詞は、宣下式ではなく、又奏上式でもありません。つまり仲介者として、仲間内の者に言ひ聞かせる、妥協を心に持つた、対等の表現をとりました。此を鎮護詞《イハヒゴト》と言ひます。宣下式はのりと[#「のりと」に傍線]、奏上式なのにはよごと[#「よごと」に傍線]と言ふ名がありました。ちようど其間に立つて、飽くまでも、山の神の資格を以て、精霊をあひて[#「あひて」に傍線]としてのもの言ひなのです。山の神に山の神人が出来たのは、此為です。だから、海祇の代りをする海人の神人が、前住民或は異民族とすれば、山人の職が出来てからの事です。即、海祇の代りに神事を行ふ者が、村国の主長よりも低い事になります。常世人は村の主長よりは、位置は高かつたのです。だから、海人が服従の誓約なる寿詞《ヨゴト》や御贄を奉るのは、山の神人の影響を更に受けたのです。
海村の住民の中、別居して神に仕へる形式が行はれ、男や女のさうした聖役に当るものが出来ました。女は、たなばたつめ[#「たなばたつめ」に傍線]です。かうした人々の間に出来た村が、異種の村と混同せられる様になつたのでせう。山の村も、同様にして出来ましたのでせう。其が、蛮人の村と思ひ違へられる様になつた事もありませうが、此は、わりに明らかに、国栖・土蜘蛛などゝ区別せられた様です。海人部の民が、所謂あまのさへづり[#「あまのさへづり」に傍線]をする異人種の様に考へられた程ではありません。海部の民は、呪法・呪詞に馴れて居ました。其が諸国の卜部の起原です。
海人部の民の中の、小・中宗家など言ふべき家の中からも、宮廷の官司の馳使丁が出ました。此が海人《アマ》の馳使丁《ハセヅカヒ》です。其内、神祇官に仕へた者が、特にあまはせづかひ[#「あまはせづかひ」に傍線]と言はれたらしいのです。更に、此中から、宮廷の語部として、海語部《アマガタリベ》と言ふ者が出来たと見られます。天語部は鎮護詞を唱へると共に、其中の真言とも言ふべきうた[#「うた」に傍線]を、おもに謡ふ様になりました。其が「天語歌」のあるわけで、其とおなじ性質で、寿詞や鎮護詞式でないものが、神語《カミガタリ》といはれたらしいのです。神語歌《カミガタリウタ》の末に、天語の常用文句らしい「あまはせつかひ、ことの語《カタ》り詞也《コトモ》、此《コヲ》ば」と言ふ、固定した形のついてゐるわけであります。
海語部が、諸国の海人の中にも纏はつて来ました。一方、卜占を主とする海人の卜部が、又諸国に還り住んで、卜部の部曲が拡がります。宮廷の海語部は、後には、卜部の陰に隠れて顕れなくなり、卜部の名で海語部の行うた鎮護《イハヒ》のことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]を言ひ立てる様になりました。此卜部が、陰陽寮にも勢力を及ぼしました。踏歌の節の夜の異装行列は、元、卜部の海語部としての部分を行うたものらしく、群行神の形であつて、作法は、山人の影響を受けたものです。服従の誠意を示しに、主上及び宮殿をいはふ言ひ立てに来るのであります。
六 山づと
此|高巾子《カウコンジ》の異風行列は、山人でもなかつた。万葉集には、元正の行幸が添上郡の「山村」にあつた事と歌とを記してゐる。
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あしびきの山に行きけむ山人の 心も知らず。やまびとや、誰(舎人親王――万葉巻二十)
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仙人を訓じて、やまびと[#「やまびと」に傍線]とした時代に、山の神人の村なる「山村」の住民が、やはり、やまびと[#「やまびと」に傍線]であつた。此歌は、神仙なるやまびと[#「やまびと」に傍線]の身で、やまびと[#「やまびと」に傍線]に逢ひに行かれたと言ふ。其やまびと[#「やまびと」に
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