出して、月小夜の夫に手渡し、都も都、桜の門で呼び売りさせて、清平の目につく様にして、若が盗んで売らせるのだ、と言はせようといふ魂胆である。此謀が早速成就して、怒つた清平は、若を高手小手に縛つて、桜の木に吊り上げて置く。若は苦しさのあまりに、血を吐いて悶えてゐると、手白の猿が主人を救はうとして、木に上るが、縄を解く事が出来ぬ(三段目)。
処が一転して、地獄の閻魔王の庁では、若の母が出て、若の命乞ひをして、自身出向いて救ひたいと願ふ。魂を仮托する死骸はないかと、鬼に見させると、娑婆では今日、人には死んだ者はないが、鼬が一匹斃れたといふ。母は早速、鼬の身に魂を托して、桜の下に現れ、若の縄を食ひ切つて助けると、手白が下で抱き止めて、怪我なく助つた。鼬は、母が仮りに姿を現したのだと告げて、かうしてゐては、終には命も危いから、叡山西塔の北谷にゐる、若の叔父|帥《ソチ》[#(ノ)]阿闍梨の処へ逃げて行くやうに、と諭して姿を消す。若は家を抜け出る日を待つて居る(四段目)。
暗く雨降る夜、家を出て四条河原にかゝると、南に火の漏れる茅屋がある。細工の賤民の住む処である。近寄つて戸を敲くと、盗賊かと思つて、薙刀を持つて来る。愛護一部始終を語ると、敬ひ畏んで、臼の上に小板を敷き、荒菰を敷いて、米を賀茂の流れで七度清めて、土器に容れて献る。此から神の前に荒菰を敷く風が出来たと説いてゐる。夜が明けて、細工に送られて、叡山へ志す。処が、中途まで来ると、三枚の禁札が立つてゐる。一枚目のには女人禁制、二枚目にはさんひ(?)やうじや[#「さんひ(?)やうじや」に傍線]、三枚目には細工の禁制が、書かれてゐる。細工が帰らうとすると、愛護が、強ひて叔父の処まで送つてくれと言ふ。「仰せ尤にて候へども、賤しき者にて候へば、只御暇」と言うて、引つ返した。
愛護一人で、帥[#(ノ)]阿闍梨を訪れた処、叔父は、甥若の訪問に驚いて、其車馬の数を見させた処が、稚児一人立つてゐたので、此はきつと、北谷の大天狗が我行力を試る為に来たのだと思うて、そんな甥はないと言うて、大勢に打擲せしめた。若は山を下りようとして、三日山路に迷うた末、三日目の暮れ方に、志賀の峠に達した。其処で疲れて休んで居ると、都へまんぞう[#「まんぞう」に傍線](万僧)公事に上る粟津の荘のたはたの介[#「たはたの介」に傍線]兄弟が来会うた。終始を聞いていとほしがり、柏の葉に粟の飯を分けてあたへた。「其御代より、志は木の葉に包め、と申すなる」と説明してゐる。
情を喜び、苗字を問ふと、弟せんちよ[#「せんちよ」に傍線]が「之はきよすのはん[#「きよすのはん」に傍線]と申すなる」と言ふ。お伴はしたいが、都へ出ねばならぬから、と別れて上つた。扨て其後、
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岩ほの小松をとり持ちて、志賀の峠に植ゑ給ひ、おひ(松に?)せみやう(宣命)を含め給ふ。愛護世に出てめでたくば、枝に枝さき唐崎の千本松と呼ばれよや。愛護空しくなるならば、松も一本《イツポン》葉も一つ、志賀唐崎の一つ松と呼ばれよと、涙と共に穴生《アナホ》の里に出で給ふ。頃は卯月の末つ方、垣根はさもゝ[#「さもゝ」に傍線]の盛となりけるが、若君御覧じて、一つ寵愛なされける。
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処へ、其家の姥が現れて、れいじやの杖[#「れいじやの杖」に傍線]を振り挙げて打たうとした。若は、打たれるのを恥辱に思うて、麻畑に隠れた処が時ならぬ風が吹いて、隠れ処も顕に見えたので「桃のにこう[#「桃のにこう」に傍線]が之を見て、桃をとるだに腹立つに」麻まで蹂み躪つたとて、打擲した。
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若君は、穴生の里に桃成るな。麻は播《マ》くとも苧《ヲ》になるな。嵐ふくな、と申し置かれしより、花は咲けども桃ならず。麻は播けども苧にならず。
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穴生の里は、後世まで呪はれたのである。
それからきりうが滝[#「きりうが滝」に傍線]へ来ると、桜が散つて、愛護の袂に這入る。見ればまだ、蕾の花である。そこで、落ちた花は已に死んだ母上、咲いて居る花は父上、蕾ながら散るものは、此愛護の身の上であると考へて「恨み言書きたしとて、ゆんでのこゆびくひきり、岩の間《ハザマ》に血を溜め」恨み言を書きとめる。
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かみくらやきりうが滝[#「きりうが滝」に傍線]へ身を投げる。語り伝へよ。松のむら立ち
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とう/\若は、身を投げた。其時十五歳とある(五段目)。
滝のほとりにかゝつてゐる小袖を見つけた山法師等が、山の稚児の身投げと誤解して、中堂へ上つて、太鼓の合図で稚児の人数しらべをする。ところが小袖の紋で、若なる事が訣つた。実否を確める為に、二条へ使が行く。さて父・叔父などが集つてしらべると、下褄に恨み言が発見せられ、其末
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