尖の方では、分岐して幾つにもなつてゐる。かう言つて来て、祓へに使ふ採り物の木の方に移るのだ。
[#ここから2字下げ]
枯野《カラヌ》を塩に焼き、其《シ》があまり琴に作り、かきひくや 由良の門《ト》の門中《トナカ》の岩礁《イクリ》に ふれたつ なづの木の。さや/\(仁徳記)
[#ここで字下げ終わり]
と言ふのも、実は国栖歌の同類である。恐らくは、謡ひ納《ヲサ》めの末歌ではなからうか。
ふゆき[#「ふゆき」に傍線]と言ふのは、冬木ではなく、寄生《ホヨ》と言はれるやどり木[#「やどり木」に傍線]の事であらう。「寄生木《フユキ》のよ。其」と言ひつゞけて、本末から幹《カラ》の聯想をして「其やどつた木の岐れの太枝《カラ》の陰の(寄生)木のよ。うちふるふ音のさや/\とする、この通り、御身・御命の、さつぱりとすこやかにましまさう」と言ひつゞけて、からがしたき[#「からがしたき」に傍線]からからぬ[#「からぬ」に傍線]を起して、しまひに、採り物のなづの木[#「なづの木」に傍線]の音のさや/\に落して行つたのだ。枯野を舟の名とする古伝承は疑はしい。
此「なづの木よ。いづれのなづぞ。」かう言ふ風な言ひ方で「幹《カラ》ぬよ。其木の幹を海渚に持ち出で焼き、禊ぎさせる今。此弾く琴も、其幹のづぬけた部分で作り、かう掻きひくところの、音のゆら/\でないが、由良の海峡《セト》の迫門中《トナカ》のよ。其岩礁に物が触れるではないが、御身に触れ撫でようと設けた此なづの木の、御衣にふれる音よ。そのさや/\と栄えましまさう。」かう言つた風に、天子の呪力から、自分の採り物として頭にかざした寄生木に寄せ、又撫で物として節折りに用ゐたなづの木[#「なづの木」に傍線]――恐らくなすの木[#「なすの木」に傍線]で、聖木つげ[#「つげ」に傍線]の類のいすの木[#「いすの木」に傍線](ひよん[#「ひよん」に傍線]ともいふ)――に寄せて行く間に、建て物の祝言として、き(木)を繰り返し、鎮魂関係の縁語ふゆ・さや/\・潮水《シホ》・琴・ゆら・ふる・なづなどを、無意識ながらとりこんでゐるのである。
寄生木は、外国でもさうである如く、我国でも、神聖な植物としてゐた。
[#ここから2字下げ]
あしびきの山の木末《コヌレ》のほよ[#「ほよ」に傍線]とりて、かざしつらくは、千年|祝《ホ》ぐとぞ(万葉巻十八)
[#ここで字下げ終わり]
家持の歌である。此木を鈿《ウズ》に挿して、正月の祝福をしたのであつた。此は、山人のするやまかげ[#「やまかげ」に傍線]・やまかづら[#「やまかづら」に傍線]の一つだつたのである。ほよ[#「ほよ」に傍線]ともふゆ[#「ふゆ」に傍線]とも言うたからの懸け詞で、なづ[#「なづ」に傍線]と撫づ[#「撫づ」に傍線]とをかけたと等しい。ふゆ[#「ふゆ」に傍線]に、殖ゆ[#「殖ゆ」に傍線]は勿論触る[#「触る」に傍線]を兼ねて、密着《フル》の意をも持つてゐるのだ。鎮魂式には、外来の威霊が新しい力で、身につき直すと考へた。其が、展開して、幾つに分裂《フヤ》しても本の威力は減少せない、と言ふ信仰が出来た。
鎮魂式に先だつ祓への後に、旧霊魂の穢れをうつした衣を、祓への人々に与へられた。此風から出て、此衣についたものを穢れと見ないで、分裂した魂と考へる様になつた。だから、平安朝には、歳暮に衣配《キヌクバ》りの風が行はれた。春衣を与へると言ふのは、後の理会で、魂を頒ち与へるつもりだつたのである。即みたまのふゆ[#「みたまのふゆ」に傍線]の信仰である。この場合のふゆ[#「ふゆ」に傍線]は殖ゆなどの動詞ではなく、語根体言であつて、「分裂物」などの意であるが、かうした言語の成立は、類例が少い。語頭に来る語根体言はあつても、語尾に来るものは珍らしい。
此は、此語が極めて長く、呪詞・叙事詩の上に伝承せられてゐた事を示してゐるのだ。霊の分裂を持つことは、後代の考へ方では、本霊の持ち主の護りを受ける事になる。其で、恩賚など言ふ字をみたまのふゆ[#「みたまのふゆ」に傍線]と読むやうになり、加護から更に、眷顧を意味する事にもなつた。給ふ・賜はる・みたまたまふ[#「みたまたまふ」に傍線]など言ふ語さへも、霊の分裂の信仰から生れた。みたまのふゆ[#「みたまのふゆ」に傍線]と言ふ語は、鎮魂の呪詞から出たものであらうが、其用途は次第に分岐して行つたらしい。数主並叙法とも言ふべき発想法をしてゐる。
家の祝言が、同時に、家あるじの生命・健康の祝福であり、同時にまた、家財増殖を願ふ事にも当る。時としては、新婚の夫婦の仲の遂げる様、子の生み殖える様に、との希望を予祝する目的にも叶ふのであつた。此みたまのふゆ[#「みたまのふゆ」に傍線]の現れる鎮魂の期間が、ふゆまつり[#「ふゆまつり」に傍線]と考へられたのであらう。そして、ふゆ
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング