だいがくの研究
折口信夫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)経《タテ》棒
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)豊能郡|熊野田《クマンダ》村
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「竹かんむり/(目+目)/隻」、第4水準2−83−82]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)チヤウ/\
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夏祭浪花鑑の長町裏の場で、院本には「折から聞える太鼓鉦」とあるばかりなのを、芝居では、酸鼻な舅殺しの最中に、背景の町屋の屋根の上を、幾つかの祭礼の立て物の末が列つて通る。あれが、だいがく[#「だいがく」に傍線]と言ふ物なのである。尤、東京では、普通の山車を見せる事になつて居る様であるが、此は適当な飜訳と言ふべきであらう。
一昨年実川延二郎が本郷座で団七九郎兵衛を出した時は、万事大阪の型どほりで、山車をやめて、だいがく[#「だいがく」に傍線]を見せたとか聞いて居る。一体此立て物は、大阪の町に接近した村々では、夏祭り毎に必出した物であつたが、日清役以後段々出なくなつて、最後に木津(南区木津)の分が、明治三十七八年戦争の終へた年に出たぎり、今では悉皆泯びて了うて居る。
此処には木津のだいがく[#「だいがく」に傍線]の事を書いておく。だいがく[#「だいがく」に傍線]の出来初めは、知れて居ない。唯老人たちは、台の上に額を載せて舁ぎ廻つたのが、原始的のもので、名称も其に基いて居るといふ。けれども今も豊能郡|熊野田《クマンダ》村の祭礼に舁ぐがく[#「がく」に傍線](額)と言ふ立て物と比べて見ると、或は大額の義かと思はれぬでもない。其後進歩して、台の上に経《タテ》棒を竪て、一人持《ヒトリモチ》提灯一つ、ひげこ[#「ひげこ」に傍線](第一図)額などを備へた形になつて来たのだと言ふが、恐らく、経棒は最初からあつた物で、額だけがぽつつり[#「ぽつつり」に傍点]乗つて居たのではなからう。
別図の[#図省略]様な態を備へる事になつたのは、今から六十年程の前の事で、其以前は天幕《テンマク》の代りにひげこ[#「ひげこ」に傍線]が使はれて居たのである。ひげこ[#「ひげこ」に傍線]は、必、二重ときまつて居たさうである。明治三十年頃までは、西成郡勝間村・東成郡田辺村などには、ひげこ[#「ひげこ」に傍線]のだいがく[#「だいがく」に傍線]を舁いで居るのを見かけたものである。
一体ひげこ[#「ひげこ」に傍線]は日の子の音転で、太陽神の姿を模したのだ、と老人たちは伝へて居るが、恐らくは、竪棒の上に、髯籠《ヒゲコ》の飾りをとりつけて居たのが、段々意匠化せられて出来た(髯籠の話参照)ものか。今日なほ紀州粉河の祭礼の屋台には、髯籠を高くとりつける。のみならず、国旗の尖にもつけ、五月幟の頂にもつける事がある。竿頭を繖形に殺ぎ竹を垂して、紙花をつける事は、到る処の神事や葬式の立て物にある事である。
但し今一つ考へに入れて置かねばならぬのは、傘鉾《カサボコ》の形式で、此は竿と笠とだし[#「だし」に傍線]との三つの要素で出来て居る事である。一体傘鉾は、力持ちが手で捧げながら練つたものであるが、此が非常に発達した場合には、※[#「竹かんむり/(目+目)/隻」、第4水準2−83−82]に樹てゝ舁くか、車に乗せて曳き歩くより外に道はなくなる訣である。
だいがく[#「だいがく」に傍線]の成立した形は、前者である。尚老人たちは、だいがく[#「だいがく」に傍線]に数多の提灯をとりつける様になつた起りを、ある年の住吉祭り(大阪中の祭礼として、夏祭りの一番終りに行はれる)に、住吉まで出向いただいがく[#「だいがく」に傍線]が、帰り途になつて日の暮れた為、臨時に緯《ヌキ》棒を括りつけて、其に提灯を列ねた時からだと説いて居る。
其はともかく、住吉祭りといふ事が、だいがく[#「だいがく」に傍線]と住吉踊りの傘鉾との関係を見せて居る様に思はれる。天幕に一重のも二重のもある点、竿頭にだし[#「だし」に傍線]のついてゐる点、すべてかの踊りの傘鉾を、※[#「竹かんむり/(目+目)/隻」、第4水準2−83−82]の上に竪てた物としか思はれぬ。熊野田《クマンダ》のがく[#「がく」に傍線]に近いだいがく[#「だいがく」に傍線]のひげこ[#「ひげこ」に傍線]が、形似の著しい傘鉾の形式をとり入れるとすれば、まづひげこ[#「ひげこ」に傍線]を天幕にすべきは当然である。其傘鉾の天幕も、元はひげこ[#「ひげこ」に傍線]であつた事は疑ひもない事実である。
だいがく[#「だいがく」に傍線]のひげこ[#「ひげこ」に傍線]は二重の上の方が大きくて、直径一丈で、
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