民間に伝承せられたものが、其まゝはじめて筆にのつたものもあつたであらう。平安時代もそこまで来ると、余程、複雑になつてゐる。伊勢物語との距離は精確にはわからぬが、実際は大した年代を経てゐないのであらう。大きく見積つて二百年には足らぬ年月だと思ふ。伊勢には極めて簡単に伝へてゐる物語が、今昔では、此様に育つてゐる。さう言ふ気のするものもあつた。殊に「曠野」にとりあげた原話などは、さう思はせられる。はつきりと同じ物語の、古い形と、新しい形だとはきめられぬのが、伝説文学の常なのである。伊勢には二つあつて、二つながら、今昔のとは、初めが違つてゐて、再会の所からがおなじ様になる。その片方は、殆同じ歌をとり入れてゐる。だが、歌が大体おなじだからと言つて、同じ伝へだとは言はれない。せい/″\どちらも、近江の国の古伝承だと言へばそれでよい、と言ふ位のものである。
男女の生き別れ[#「生き別れ」に傍点]の悲しさは、今の人の思ふよりも、もつと悲惨な現実として昔は屡あつたことらしい。昔物語には、其を、いろ/\に伝へてゐる。棄てゝ行くのもあるが、話しあひ[#「話しあひ」に傍点]の別れの後日談が多いのは、もう王朝に
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