ます[#「しぼます」に傍点]ことなく持ち続けてゐた清らかな恋ごゝろ――。此が皆、堀君の抱いて来た文学の姿ではなかつたか知らん。
東京も、大川向うで育つた堀君が、北信州の山野に、幾年もがゝりで求めたものは、何だつたらう。其をはつきり指摘しようとするのは、無|貪著《トンヂヤク》すぎる気がする。其を姑らくかう言つておいてはいけないだらうか。浅間|表《オモテ》の木の葉や、草の光り、水のせゝらぎ、鳥の飛び立つ翼の音――さう言ふ感覚を漉して来ないでは、ふらんす[#「ふらんす」に傍線]の王朝文学を、そつくり[#「そつくり」に傍点]うけとることの出来ない訣があつたのだらう。謙虚な心の堀君は、固よりそんなことを思うた筈はない。が、さう言ふ生活の重複があつて、さう言ふ所から、日本の王朝時代が、正しく見えて来た堀君だと思へば、其でよいだらう。
一人を褒めるのに、も一人をけなす[#「けなす」に傍点]と言ふ行き方は、甚だ不幸な方法で、私などは、其をせぬ[#「せぬ」に傍点]ことにしてゐるのだが、今の場合あまり適切に、一言二言で言ひきつてしまふことが出来るから、さう言ふ見方をさせて貰ふ――のだが、過ぎ去つた芥川龍之
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