土を出された事である。其を当時誤解したものと見ることが出来る。更に後世風の解釈は伴うてゐるが、神武天皇熊野入りの条に見える高倉下《タカクラジ》の倉の屋根から落し込まれた高天[#(个)]原からの横刀《タチ》なども、此例である。たけみかづちの[#「たけみかづちの」に傍線]命の喩しの言が合理的になつてゐるが、神の「ほ」としての横刀を見て、天神の意思を知つたのである。此外にも大刀を「ほ」として表した神の伝へはある。
中臣寿詞によると、あめの―おしくもねの[#「あめの―おしくもねの」に傍線]命が、かむろぎ[#「かむろぎ」に傍線]・かむろみの[#「かむろみの」に傍線]命に天つ水を請ふと、天の玉串を与へられて、「之をさし立てゝ、夕日から朝日の照るまで、天つのりとの太のりと詞《ゴト》を申して居れ。さすれば、験《マチ》としては若《ワカ》ひるに五百篁《ユツタカムラ》が現れよう。其下を掘れば、天《アメ》の八井《ヤヰ》が湧き出よう……」と託宣せられたと説いている。若ひるは朝十時前後の事(沖縄では、おもろ双紙の昔から、今も言うてゐる)で、夜明けになればの意だと言ふ。併し或は字面どほり「弱蒜《ワカヒル》に」で柔い
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