露壺が白鳥となつて空を行つた。此は富みの神であつて、主人が物忌みして待つて居ると、大世《オホヨ》(穀物)積美船《ツミアヤブネ》即宝船が来り向うたとある。八重山にも白鳥を神として見てゐる例が多い。内地ではやまとたける[#「やまとたける」に傍線]の白鳥に化した話は単純な方で、今昔物語では、妻女が弓に化し、更に白鳥に化してゐる。此は神と人と物との間に自在融通するものと考へて居たからであらう。が、鳥になり、人になりしてもまれ人と言ふ点に違ひなく、其が富みのしるしの草や、餅になる道筋も、新しい富みが常世から来るものとせられてゐた事を考へれば解釈がつく。
富み草と言ふ物を米に限る事は出来ないが、此も鳥の啄み来るものと考へてゐたらしい。常世の鳥でなくとも、雲雀が「天」に到つて齎すものと思うたのであらう。
おなじ「常世」を冠した鳥の中にも、「常世の長鳴き鳥」なる類だけは、海のあなたから来た長鳴きに特徴を持つた鳥といふのではなく、常世へ帰る神を完全に還るまで鳴きとほす鳥といふ意かと、今は考へてゐる。
邑落生活に於ける原始信仰は、神学が組織せられ、倫理化せられ、神殿を固定する様になつても、其と併《なら》ん
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