」に意味が纏つて保持せられてゐるのである。とにかく敬語と対話敬語とは、驚くばかりの古代から対立してゐた。だから、出発点から混乱して来たといふ訣ではなかつたのである。生れつき対立してゐる性質のもあり、片方に対して性格の裏返しになつたものが現れたりした。対立したものは、形式が似てゐて、どの点かに違つた屈折が出来て来る。さう言ふ中でも、敬語の「たまふ」の形式を裏返したやうな「たまふ……たまふる・たまふれ・たまへ」などは、古代から中世に渉つて行はれたものであり、此対立の考へ方が、他人――貴人の事を言ふ場合と、自分の事を言ふ場合とはつきり区別するやうになつた。さう言ふ行き方が、語義の変化を容易に、多趣多様ならしめることになつたが、後には此豊富な裏返し機能によつて、言語表情を自由にすることを、重くは考へなくなつた。敬語と対話敬語の対立せぬもの、明らかに片方だけになつたもの、さう言ふものが殖えて来、其から敬語法と丁寧法との相違を敏感に感じなくなつて、どちらに意義を据ゑてゐるのだか訣らぬものが多くなつて行つた。
 す[#「す」は太字]
あたふ[#「あたふ」に傍線]の敬語発想がたまふ[#「たまふ」に傍線
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