える。
 私の父がどんなことをしたか、私は子供でなにごとも知りません。しかし子供心に私の知っている父は、とても陽気な男で晩酌《ばんしゃく》の機嫌なぞで唄の一つもやる男でした。それが、私の何歳頃のことでしたか、多分九つか十歳位のときだったと思います。それまで本当にただの一度も他所《よそ》に泊まってきたことのない父が二、三日でしたか、私には四、五日のように長かったと思います――私には母がなかったのですから、特別父の留守が長かったのでしょう――帰ってこなかったことがあります。そのときから私には父の気性がすっかり変わったように思われました。酒の量もうんと増えましたし、唄はおろか笑顔さえ見せることがまれになりました。私は子供のことで大して気にもとめませんでしたが、だんだん大きくなるにしたがい、父がなにか大きな悩みのために苦しんでいることがよく分かりました。人のいないところで未亡人《おくさん》とひそひそ話をしているときなぞ、たまたま私がそばに行ったりすると真っ青になって私を睨《にら》みつけたりしたことがありました。私は父の死の瞬間までその悩みがなんであるか知りませんでした。父はこの大きな罪を背に負
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