るから燈火を付けて邪魔しては年中祟らるといい、直隷の元氏県より陜西の高州辺へ掛けては、婦女鼠の妨げをせぬよう皆家を空しゅうして門の方に出づ。家にいて邪魔をすると仇討ちに衣類を噛《かじ》られると恐れる。嫁入りの日取りは所に依って同じからず。山西の平遥《へいよう》県では十日に輿《こし》入れあり。その晩は麺で作った餅を垣根に置いてお祝いをする。陜西の岐山県では三十日の夜、燈火言語を禁じて鼠を自在ならしむという事だ。日本には鼠の嫁入りの咄しはあれどこのような新年行事ありと聞かぬ。『嬉遊笑覧』一二上に「また鼠の嫁入りという事、『薬師通夜物語』(寛永二十年)、古えは鼠の嫁入りとて果報の物と世にいわれ云々、『狂歌咄』、古き歌に「嫁の子のこねらはいかになりぬらん、あな美はしとおもほゆるかな」、『物類称呼』に、鼠、関西にてヨメ、また嫁が君、上野《こうずけ》にて夜の物、またヨメまたムスメなどいう、東国にもヨメと呼ぶ所多し、遠江《とおとうみ》国には年始にばかりヨメと呼ぶ。其角が句に「明くる夜もほのかに嬉《うれ》し嫁が君」。去来《きょらい》がいわく、除夜より元朝掛けて鼠の事を嫁が君というにや、本説は知れずとぞ
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