人家に入り、すなわち地に伏し血を嘔《は》いて死す。その気に染まる人また立所《たちどころ》に命を殞《おと》さざるなし、道南鼠死行一篇を賦し、奇険怪偉、集中の冠たり、数日ならざるに道南またすなわち怪鼠病で死んだも奇だとある。確かに鼠がペストを伝えたのだ。洪亮吉は今大正十三年より百十五年前に七十三で死んだ人だから、この一件は大略今から百五十年ほど昔の事であろう。またついでに述ぶ、西アジアにイエジジ宗あり、その徒キリストを神の子で天使が人と生まれた者とし、アブラム、マホメットなどを予言者と尊ぶが、キリストを特に崇《あが》めず。キリスト教徒がもっとも嫌う魔王サタンを専ら尊び、上帝初め魔王に全権を委ねて世界を作らせ宇宙を治めしめたが、後自分を上帝同等に心得違い、驕慢の極みついに上帝の機嫌を損じて御前より追放された。しかしついには魔王の前功を懐《おも》うて復職され、この世はその掌握に帰すべしといいて、ひたすら魔王を拝み憑《たの》む。復活祭にキリストを祭るにただ一羊を牲するに、魔王の祭祀には三十羊を牲す。珍な事には、その徒皆両手で盃を持つ事日本人と異ならず、また魔王の名を言わず孔雀《くじゃく》王といい
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