ぬ、それ故適宜にその過殖を制したら鼠は最も有用な動物だ。また鼠は甚だ清潔を好み、食い終るごとに身を洗い熱心に身を粧う、かつ食物の嗜《この》み甚だ優《すぐ》れ、食物十分な時はむやみに食わず、ただし餓ゆる時は随分汚物をも食う、肉店に鼠群が入る時牛の頸や脛を顧みず、最上の肉ばかり撰み食うとあって、ちと鼠から分け前でも貰ったらしいほど讃《ほ》めて居る。この書は鼠からペストなどが蔓延する事の知れない内に筆せられた物で、かかる気散じな事を書いたのだ。しかしペストを伝うるはどの鼠でも皆|然《しか》りでなくて、伝えぬ種類もあるというから、病を伝うる奴を殺し尽して、伝えない奴を大いに繁殖させ、下水の掃除を一手受け持ちと任じたらよいようだが、帝都復興以上の難件だろう。ついでに述ぶるは、予往年『ネーチュール』と『東洋学芸雑誌』へ出した通り、西洋は知らず、東洋で鼠とペストの関係についての古い記録は、まず清の洪亮吉《こうりょうきつ》の『北江詩話』が一番だ。その巻四に趙州の師道南は今望江の令たる師範の子で生まれて異才あり、三十歳ならずに死す、遺詩を『天愚集』と名づけ、すこぶる新意あり云々、時に趙州に怪鼠ありて白日
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