椏篇』初板三章に、農家が恩威並び示して田畑の害物を禁厭《まじない》する諸例を挙げていわく、古ギリシアの農書『ゲオポニカ』に百姓がその耕地より鼠を除かんと欲せば、一紙に次のごとく書くべし、ここな鼠にきっと申し渡す、貴様も他の鼠もわれを害してはならぬ、あの畑を汝に遣《や》るから速く引っ越せ、今後わが地面で二度と貴様を捕えたら、諸大神の母かけて汝を七つ裂きするぞと、かく書いた紙の字面を上にして自分の畑にある少しも切れていない石に貼り付くるがよいと。注にいわく、ここに言えるあの畑とは隣り持ちの畑だと、つまり自分の畑さえ害せずば隣人はどんなに困っても構わぬという書式だ。不心得千万なようだが、都市は知らずこの鼠駆りに少しも違わぬ遣り方が日本で現に地方に行われおり、たとえば警察で手におえぬ代物《しろもの》が田辺町へ滞在すると警官がその者を捉えて町から定規の里程外へ送り出す。するとその者はまたそこで悪事をなし、そこからまた警官がよい加減に次へ次へと送り出す。それ故寒村僻里を流浪さえすれば悪事のやり次第という風で、その所の者は毎度迷惑絶えず、実に昭代の瑕瑾《かきん》じゃ。フレザーまたいわく、あるいは害物
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