ようこ》呪詛《じゅそ》し女にして男淫するを以て皆|辜《つみ》に伏す、皇后を廃して長安宮に置くと。『漢書』にこの連坐で三百余人誅せらるという。この后の曾祖父陳嬰は無類に謹厚な長者で秦の世乱れた時推して王とされたが、その母我汝が家に嫁し来ってより、いまだかつて汝が先祖に貴き者ありと聞かず、今大名を得ば不祥だ。宜しく他人に属すべし。事成らば封侯を得、事敗れたら逃るるにやすからんと言う。由って衆に勧めて代々名将だからとて項梁《こうりょう》に属し、後《のち》漢に帰して堂邑侯たり。かかる有徳の人の後にこんな奇態な皇后が出来、あろう事か妖巫といわゆるお姿夫婦(『傾城難波土産』四の二)の語らいから帝室の威厳を損ずる大騒ぎを起したは何たる事ぞ。『史記』外戚世家《がいせきせいか》一九に、この后子なき故、その母が武帝を立てた偉功あるにかかわらず廃せられ、子を求めて九千万銭を医に与えたが、ついに子なしとあれば、楚服はもとよりこの后も多少半男女がかった変り物だったらしい。
 インド、エジプト等の諸国に至っては、バートンの『千一夜譚』や仏教の律蔵、ラメーレス訳『愛天経』等を見て一斑を覗《うかが》わるるごとく、外貌
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