した。それより古臭い滑稽談を単に、ジョー・ミラーと通称する事、わが国の曾呂利咄《そろりばな》しのごとし。ロンドンのウェストミンスター・アッベイは、熊楠知人で詩名兼ねて濫行の聞え高かったジーン・ハーフッドその坊に棲み、毎度飲ませてもらいに往った。英国に光彩を添えた文武の偉人をこの寺に葬り、その像を立てた。その間を夕方歩むと、真に欽仰畏敬《きんぎょういけい》の念を生じた。件《くだん》の『必携』十頁に、ある卑人その家名に誇ってわが父の像|彼処《かしこ》に立てられたというので念入れて尋ぬると、タイン侯乗車の像が立てられ、わが父は馬車の御者だったから従ってその像もあるのだと答えたので、聞いた者が呆《あき》れたと見ゆ。あまたの犬どもが主人の碑にその像を刻まるるもまずはこの格で、ことごとく格別の忠勤を尽したでもなく、若い時、桐野利秋《きりのとしあき》に囲われた妾とか、乃木将軍にツリ銭を貰《もろ》うた草鞋《わらじ》売りとか、喋々すると同様、卑劣めいた咄だ。
 かの薬王が烏竜てふ黒犬を従え歩いたに付けて言うは、欧州では、古く魔は黒犬や老猫形を現ずると信じ、ウィエルスは魔が人を犯す時、黒犬の腸《はらわた》
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