を奉ずる事盛んにその派の坊主多くあり、殊にヴェニスはその葬処とて大寺堂を建てて祀った。その像は巡礼の衣を著し腿《もも》に黒死病の瘢《きずあと》を帯び、麪包を啣えた犬を従えたものだ。またその犬の生処という事で、葡領アズルズ島に犬寺が建てられた(『大英百科全書』二三巻四二五頁。『ノーツ・エンド・キーリス』九輯十二巻一八九頁)。
『淵鑑類函』四三六には、宋の太宗の愛犬、帝朝に坐するごとに必ずまず尾を掉《ふ》って吠えて人を静めた。帝病むに及びこの犬食せず、崩ずるに及び号呼|涕泗《ていし》して疲瘠《ひせき》す。真宗|嗣《つ》ぎ立て即位式に先導せしむると鳴吠《めいはい》徘徊して意忍びざるがごとし、先帝の葬式に従えと諭《さと》せば悦んで尾を揺るがし故《もと》のごとく飲食す。詔《みことのり》して大鉄籠に絹の蒲団を施して載せ行列に参ぜしめ見る者皆落涙す。後《のち》先帝を慕うの余り死んだので、詔して敝蓋《へいがい》を以てその陵側に葬ったとあり。また、孫中舎という者青州城に囲まれ内外隔絶、挙族愁歎した時、その犬の背に布嚢と書簡を付け水門を潜らせ出すと、犬その別墅《べっしょ》に至り吠ゆる声を聞きて留守番が書簡
前へ 次へ
全69ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング