んだ。これは、仏神が犬に化し、われを助くる事と思うて、屋後の桑木の下に埋めた。夫の郡司たまたまその門前を通り、家内の寂寞たる様子を憐み、入りて見れば妻一人多くの美しい糸を巻きいる。夫問うて委細を知り、かく神仏の助けるある人を疎外せしを悔い、本妻の方に留まって他の妻を顧みず、かの犬を埋めた桑の木にも繭を作り付けあるを取りて無類の糸を仕上げた。やがて国司を経て朝廷に奏し、かの郡司の子孫今にその業を伝えて犬頭という絶好の糸を蔵人所《くろうどどころ》に納めて、天皇の御服に織ると見ゆ。すこぶる怪しい話だがとにかく三河に昔犬頭という好糸を産し、こんな伝説もあったので、犬頭社は本《もと》その伝説の白犬を祀《まつ》ったのを後に大蛇一件を附会して犬尾社まで設けたのでなかろうか。
犬が大蛇を殺して、主人を助けた話は、西洋にもある。ベーリング・グールドの『中世志怪』六章や、クラウストンの『俗談および稗史《はいし》の移動変遷』二巻一六六頁以下に詳論あり。今大要を受け売りと出掛ける。十三世紀の初めウェールスのルエリン公、その愛犬ゲラートをして自身不在ごとにその幼児を守らしめたが、一日外出して帰って見ると揺籃に
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