って倒れた動物を食う事を免《ゆる》された。犬の望みで免状を認《したた》め賜わったのを、犬の内もっとも大きく信用もあらばとて牧羊犬に預け置いた。秋来って牧羊犬多忙となり、持ち歩む事ならず乾いた置き場所もない故、件《くだん》の免状をその親友牝猫に預けようというと早速承知の印しにその背を曲げ高めて牧羊犬の足に擦り付けた。由《よ》って免状を暖炉の上に置いて猫に預けた。その後犬どもが林中で倒れた小馬を見付け襲い殺して食ってしまったので、諸獣これを訴え犬ども有罪と決したが、犬どもかの免状に倒れた動物を食うを許すとあったばかりで、死んだ活《い》きたの明細書がなかった由を拠《よりどころ》として控訴した。ここにおいて牧羊犬と猫が、懸命になって免状を捜したが、※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]《はつかねずみ》が囓《か》んでしまったので見当らなんだ。猫大いに怒って※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]と見れば殺して食う事となった。犬また猫の頼み甲斐なさを恨んで、猫を仇視して今に至るもやまず。牧羊犬は免状なしに他の犬どもに見《まみ》ゆるを恥じて姿を隠したので、諸犬これを尋ね廻れど更に行方知れず。爾来犬が犬に逢うと必ずこれに近附くは、紛失した免状が手に入ったかと尋ねるためだ(一八九五年版、カービーの『エストニアの勇者』二巻二八二頁)。
クラウスの『南スラヴ人のサーヘンおよびマルヒェン』に載する所は次のごとし。食卓より落ちる肉は犬の常食という定めとなって、犬と猫がその旨を驢の皮に書し、猫これを預かり屋根裏へ匿し置くと、※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]がこれを噛んでしもうた。一日食卓から落ちた肉を犬が食うて甚《ひど》く打たれたので、犬の王に愁訴する、王猫をして驢皮書を出さしむるに見えず。それより犬と猫、猫と※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]が不断仇視すると。上に引いたガスターの書に出たルマニアの伝説には、最初犬も猫もアダムに事《つか》えて各その職に尽し、至って仲よく暮したが、後患を生ぜざらんため協議して誓書を認め、犬は家外、猫は家内を司る事とし、猫その誓書を預かり屋根裏に納めた。その後天魔に乗ぜられて犬鬱憤を生じ、われは一切家外の難件に当り、家を衛《まも》り盗を捍《ふせ》ぎ、風雨に苦しんで残食と骨ばかり享《う》け、時としては何一つ食わず、それに猫は常に飽食して竈辺《かまどべ》に安居するは不公平ならずやと怒る。猫は約束だとて受け付けず、犬その約束を見たいというから、委細承知と屋根裏に登ると、原来かの誓書に少し脂《あぶら》が付きいたので、※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]が食い込んで巣を構えいた。猫大いに驚き※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]を殺し食ったが、犬は猫が誓書を示さぬを怒り、これを咬《か》んで振り舞わした。爾来犬猫を見れば必ず誓書の紛失を咎《とが》め、猫また※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]を追究すると。
古川重房の『筑紫紀行』十に、丹後の九世渡の犬の堂、これは戒岩寺と智恩寺と両寺して犬一つ飼いけるが、両寺一度に鐘を鳴らすを聞いて、何方《いずかた》にか行かんと行きつ戻りつして労《つか》れ死にせしを埋めたる跡なりとて、林道春《はやしどうしゅん》の文を雕《ほ》りたる石碑立てりとある。桑門|虚舟《きょしゅう》子の『新|沙石集《しゃせきしゅう》』四に、『経律異相』から『譬喩経』を引いて、「人あり、老いたる妻に聞きて白髪を残し黒きを抜き、また若き妻に聞きて白髪を抜き白粉《おしろい》を面に塗り青黛《せいたい》を眉《まゆ》に描く、小婦も老婦もこれを醜しとし追い出す、農して自活せんと思いしに、雨ふれば峰に登り日照れば谷に下りていたずらに暮しぬれば、畜生の報いを受けて犬となるに習因残れり、一の大河を隔てて東西に人里ある所に生まれて、朝の烟《けむり》東の里に立つ時は東に廻り到る、烟は立てども食いまだ出来ざる間、また西の里に烟立つを、いずれはさりともと思うてまた河を廻りて西に着くほどに、河の中にて力|竭《つ》きて空しく流れ失《う》せぬ、心多き物は今生後生ともに叶わぬなり」と記せるを見るに、もと心の一定せぬ物は思い惑うて心身を労《つか》らし、何一つ成らぬという喩《たと》えに作られた仏説なるを、道春不案内で、実際そんな事蹟があったと信受して碑文を書いたのだ。
犬に宗教の信念あった咄《はなし》諸国に多い。『隋書』に文帝の時、四月八日魏州に舎利塔を立つ。一黒狗|耽耳《たんじ》白胸なるあり、塔前において左股を舒《の》べ右脚を屈し、人の行道するを見ればすなわち起ちて行道し、人の持斎するを見ればまたすな
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