丸傍点]くき仕方を引き替えて一[#「一」に白丸傍点]国一命|免《ゆる》すものなり」と。かく書かせて元の所へ置かせられた(改定史籍集覧本『丹州三家物語』七三頁)、三国|鼎争《ていそう》の最中や戦国わずかに一統された際の人間は、百姓までも荒々しいと同時に気骨あり、こんな落書をしたので、それを直様《すぐさま》自ら返辞した大守もえらい。昨今の大臣や地方官も何卒《なにとぞ》せめて、この半分も稜《かど》ありて、自ら国民の非難を反駁し、理由さえ正しくば遠慮なしに打ち懲らされたい事じゃ。件《くだん》の賀太守を会稽の鶏に比べたは、その頃会稽に鳴かぬ鶏が有名であったらしい。予サンフランシスコへ着いて下宿の傍に鶏を多く畜《か》う家の鶏が、毎夜規律なく啼き通すに呆《あき》れたが、その後《のち》スペイン人オヴィエドの『西印度誌』六を繙《ひもと》くと似た事を記しあった。いわく、スペインおよび欧州の多くの部分では鶏が夜央《よなか》と日出に鳴き、ある鶏は一夜に三度、すなわち二時また三時と真夜中と曙光が見える四分の一時前とに鳴く。しかるに西インド辺では日没後一時、また二時して鳴き夜明け前一、二時また鳴くが夜中に鳴かぬ、
前へ
次へ
全150ページ中139ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング