近づき来る。たちまち顧みると狐がとても登り得ぬ高い壁が野中に立つ、因って翅《つばさ》を鼓してそれに飛び上り留まる。狐その下に来り上らんとしても上り得ず、種々の好辞もて挨拶すれど、鶏一向応ぜず。ただ眼を円くして遠方を眺める。その時狐が言い出たは、わが兄弟よ、獣の王たる獅子と鳥の王たる鷲《わし》が、青草茂れる広野に会合し、獅子より兎に至る諸獣と、鷲より鶉《うずら》に至る諸禽とことごとく随従して命を聴かざるなし、二王ここにおいてあまねく林野|藪沢《そうたく》に宣伝せしめ、諸禽獣をして相融和して争闘するなからしめ、いささかも他を傷害するものあればこれを片裂すべしと命じ、皆一所に飲食歓楽せしむ。また特に余をして原野に奔走して洩《も》れなく諸禽獣に告げ早く来って二王に謁見しその手を吸わしむ。されば汝も速やかに壁上より下るべしと。鶏は更に聞かざるふりしてただ遠方を望むばかり故、狐大いにせき込んで何とか返事をなぜしないと責むると、老鶏始めて口を開き、狐に向い、汝の言うところは分って居るがどうも変な事になって来たという。どう変な事と問うとアレあそこに一陣の風雲とともに鷹群が舞い来ると答える。狐大いに惧れて犬も来るんじゃないか、しっかり見てくれと頼む。鶏とくと見澄ました体《てい》で、いよいよ犬が鮮やかに見えて来たというので、狐それでは僕は失敬すると走り出す。なぜそんなに急ぐかというと、僕は犬を懼《おそ》れると答う。たった今鳥獣の王の使として、一切の鳥獣に平和を宣伝に来たと言うたでないか、と問うに、ウウそれはその何じゃ、獣類会議に犬はたしか出ていなかったようだ、何に致せ僕は犬を好かぬから、どんな目に逢うかも知れない、と言うたきり、跡をも見ずに逃げ行く見にくさ。鶏は謀計もて大勝利を獲、帰ってその事を群鶏に話した由(一八九四年スミツザース再板、バートンの『千一夜譚』巻十二の百頁已下)、昨今しばしば開催さるる平和会議とか何々会議とかの内には、こんなおどかし合いも少なからぬべしと参考までに訳出し置く。
ジェームス・ロング師の『トリプラ編年史』解説にいわく、この国の第九十八代の王、キサンガファーに十八子あり、そのいずれに位を伝うべきかと思案して一計を得、闘鶏係りの官人をして、闘鶏の食を断たしめ置き、王と諸王子と会食する時、相図に従って一斉に三十鶏を放たしめた。十分餓えいた鶏ども、争うて食堂に入っ
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