ぜ華氏城王のために奮発して、月支国の軍を打破消滅せしめず、おめおめと償金代りに敵国へ引き渡しを甘んじたものか。
 世間の事、必ず対偶ありで西洋にも似た話あり。十三世紀にコンスタンチノプル帝、ボールドウィン二世、四方より敵に囲まれて究迫至極の時、他国へ売却した諸宝の内に大勝十字架あり、これを押し立て、軍《いくさ》に趨《おもむ》けば必ず大勝利を獲《う》というたものだが、肝心緊要の場合に間に合わさず、売ってしまったはさっぱり分らぬとジュロールの『巴里《パリ》記奇』に出《い》づ。例の支那人が口癖に誇った忠君愛国などもこの伝で、毎々他国へ売却されて他国の用を做《な》したと見える。警《いまし》めざるべけんやだ。
 一八九八年、ロンドン板デンネットの『フィオート民俗記』に、一羽の雌鶏が日々食を拾いに川端に之《ゆ》く。ある日|※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《わに》が近付いて食おうとすると、雌鶏「オー兄弟よ、悪い事するな」と叫ぶに驚き、なぜわれを兄弟というたかと思案しながら去った。他日今度こそきっと食ってやろうと決心してやって来ると、雌鶏また前のごとく叫んだので、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]、またなぜわれを兄弟と呼ぶだろう。我は水に、彼は陸上の町に住むにと訝《いぶか》り考えて去った。何とも解《げ》せぬから、ンザムビ(大皇女の義で諸動物の母)に尋ねようと歩く途上、ムバムビちゅう大|蜥蜴《とかげ》に逢い仔細を語ると、大蜥蜴がいうよう、そんな事を問いに往くと笑われる、全く以て恥|暴《さら》しだ。貴公知らないか、鴨は水に住んで卵を産み鼈《すっぽん》もわれも同様に卵を産む。雌鶏も汝もまた卵を生めばなんとわれらことごとく兄弟であろうがのとやり込められて、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は口あんぐり、それより今に至って※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は雌鶏を食わぬ由、これは西アフリカには※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]がなぜか雌鶏を食わない地方があるので、その訳を解かんとて作られた譚と見える。アラビヤの昔話に、賢い老雄鶏が食を求めて思わず識《し》らず遠く野外に出で、帰途に迷うて、為《な》す所を知らず、呆然として立ち居るとただ看る狐一疋
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