に至っていまだ鳴かず。あるいは夜月出る時、隣鶏ことごとく鳴く、大抵有情の物自ずから常ある能わずしてあるいは変ずるなり。もししからばすなわち張公が言非なるか、因って挙似して以てその所以《ゆえん》を詢《と》う、僧いう晨を司る鶏は必ず童を以てす。もし天真を壊《やぶ》らば豈《あに》能く常あらんや、けだし張公特にいまだこの理を知らざる故のみと記す。雄鶏を雌と隔離して一生交会せしめなんだら果して正しく時を報ずるものにや。暇多い人の実験を俟《ま》つ。『世説新語《せせつしんご》補』四に賀太傅呉郡の大守と為《な》りて初め門を出でず、呉中の諸強族これを軽んじ、すなわち府門に題していわく、会稽《かいけい》の鶏は啼く能わずと。賀聞きてことさらに出で行き、門に至りて反顧し、筆を求めてこれを足して曰く、啼くべからず、啼かばすなわち呉児を殺さんと。ここにおいて諸屯邸に至り、諸強族が官兵を役使しまた逋亡《ほぼう》を蔵せるを検校し、ことごとく事を以て言上し、罪さるる者甚だ多し、陸杭時に江陵の都督たり、ことさらに孫皓に下請し、しかる後《のち》釈くを得たりとある。昔細川幽斎、丹後の白杉という所へ鷹狩に出た時、何者か道の傍《かたわら》の田の畔《くろ》に竹枝を立て書いた物を掛け置いた。見れば百姓の所為らしい落書だった。その文句に「一[#「一」に白丸傍点]めいわく仕《つかまつ》るはに[#「に」に白丸傍点]がにがしき御仕置《おしおき》にて、さん[#「さん」に白丸傍点]ざんし[#「し」に白丸傍点]ほうけご[#「ご」に白丸傍点]んご道断なり。六[#「六」に白丸傍点]月の日てりには七[#「七」に白丸傍点]貧乏をかかげはち[#「はち」に白丸傍点]をひかくふせい、く[#「く」に白丸傍点]にに堪忍なるように十[#「十」に白丸傍点]分にこれなくとも仰せ付けられ下さるべく候」と書き付けてあり、幽斎大いに笑い、閑雪という側坊主を召してその紙の奥に書かせたは、「十[#「十」に白丸傍点]分の世の中にく[#「く」に白丸傍点]せ事を申す百姓かな、八[#「八」に白丸傍点]幡聞かまじきとは思えども、七[#「七」に白丸傍点]生よりこの方《かた》六[#「六」に白丸傍点]になきは地下《じげ》の習い、ご[#「ご」に白丸傍点]くもんに懸るかし[#「し」に白丸傍点]ばりて腹をいんと思えども、さん[#「さん」に白丸傍点]りんに隠れぬれば、に[#「に」に白
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