ア・タンガタ、雌鶏モア・ファフィネなどはわがオンドリ、メンドリに似居るが、オニワトリ、メニワトリといわぬを見ると、英語のファウルと等しく、昔は鶏を本邦で単にトリといったものか。鳥の音《ね》といえば専ら鶏声を指し居る。鶏の名ヘブリウでウーフ、ヒンズスタンでムルギ、タシルでケリ、ジャワでピテク、モレラ等でマヌ、カジェリでテフイなど何に基づいたのか予に分らぬ。
英語に鶏から出た詞《ことば》が多い。例せば雄鶏が勝気充溢して闘いに掛かるごとく、十分に確信するをコック・シュア、妻に口入れされて閉口するを、雌鶏に制せらるる雄鶏に比べてヘンペックト。それからコケットリー、これは昔は男女ともに言ったが、今は専ら女のめかし歩くを指し、もと雄鶏が雌鶏にほれられたさに威張って闊歩《かっぽ》するに基づく。コケットといえば以前は女たらしの男をも呼んだが今は専ら男たらしの女を指す。それからコックス・コーム(鶏冠)はきざにしゃれる奴の蔑称《べっしょう》で雄鶏が冠を聳《そばだ》てて威張り歩くに象《かたど》ったものだ。また力み返って歩むを指す動詞にも雄鶏の名そのままコックというのがある。往年予西インド諸島で集めた介殻《かいがら》を調べくれたリンネ学会員ウィルフレッド・マーク・ウェッブ氏の『衣装の伝統』(一九一二年板)に、洒落者《しゃれもの》をコックス・コームと呼んだ訳を述べある。シャパロンてふ頭巾《ずきん》は十四世紀に始めて英国で用いられ、貴族男子や武士が冒《かぶ》ったが、十六世紀よりは中年の貴婦人が専ら用いた。だから英仏語ともに未通女《おとめ》の後見として、群聚や公会に趣く老婦をシャパロンと呼ぶ。『ニュウ・イングリシュ・ジクショナリー』に拠ると、近年英国では若い女の後見に添い行く紳士をもこの名で呼ぶ。第二図イに示す通り、以前頭巾の頂後を短く突出したが、追々それがロのごとく長い尾となって垂れ下りついに地に触るるに及んだ。その尾の縁に鰭《ひれ》を附けて誇る事となったが、更に支那人の喧嘩に豚尾を巻き固めたごとく、鰭を畳み頭の一側に立たせて長尾で頭巾に巻き付ける風になり(ハ)、後には手数を省くためニのような出来合《できあい》のシャパロンが出来た。件《くだん》の鰭を頭巾に巻き付けた体《てい》が馬鹿に鶏冠に似ているので、洒落《しゃれ》た風をする男をコックス・コームと称えたそうだ。
[#「第2図 シャパロンの進
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