広益俗説弁』二五に『桂海虞衡志《けいかいぐこうし》』いわく、〈長鳴鶏は高大常鶏に過ぐ、鳴声甚だ長し、終日啼号絶えず〉とあるが、『礼記』に〈宋廟を祭るの礼、鶏は翰音《かんおん》という〉、註に〈翰は長なり、鶏肥ゆればすなわち鳴声長きなり〉とありて、すべて他の諸鳥より鳴声長く続き、長く続くほど尊ばれたから、古本で鶏をすべて長鳴鳥というたのだ。『類函』に『風俗通』を引いて〈鳴鶏朱々と曰う、俗にいう、相伝う鶏はもと朱氏の翁化してこれと為ると〉、注に〈読むこと祝々のごときは、禽畜を誘致して和順の意〉。これは日本で鶏を呼ぶにトト/\と唱うるごとく、漢時代には朱々と唱えて呼ぶに因って、朱氏翁が鶏になったとこじ付けたのだ。
これから鶏の東西諸邦の名を述べると、古英語で雄鶏をハナ、雌鶏をヘーンといったは、あたかも独語のハーンとヘンネ、蘭語のハーンとヘン、スウェーデン語のハネとヘンネに当る。ヘーンはヘンとなって残ったが、ハナは全く忘却され、現時英語で雄鶏をコック、鶏雛をチッケン、中世ラテンで雄鶏をコックス、仏語でコク、いずれもクックまたキックなる語基より出で、つまりその鳴き声に因った由(『大英百科全書』十一板十三巻二六五頁)。『続開巻一笑』四に、吃《ども》りに鶏の声を出さしむべく賭《かけ》して穀一把を見せ、これは何ぞと問うと、穀々と答えたとあれば支那も英仏同前だ。英名ファウルは独語フォーゲル、デンマーク語フューグルと等しくもと鳥の義だったが、今はシー・ファウル、ウォーターファウル(海鳥、水鳥)等の複名のほか、単にファウルといえば雌雄鶏を兼称する事となりいる(『大英百科全書』十巻七六〇頁)。わが邦でトリは鳥の総名だが、普通の家庭では鶏を指すに等し。ただし正確に鶏を指すにはコンモン・ファウル(尋常鳥)、またダングヒル・ファウル(掃溜《はきだめ》鳥)というて近属のピー・ファウル(孔雀)、ギニー・ファウル(ホロホロ鳥)等と別つ。仏語で雌雄鶏を併称してプール、雛はプーレ、これより出た英名パシルトリーは肉食採卵のため飼った鳥類の総称で鶏、七面鳥、鵝《が》、家鴨《あひる》、皆その内だ(同二二巻二一三頁)、伊語で雄鶏をガロ、雌鶏をガリナ、西語で雄ガヨ、雌ガイナ、露語で雄ペツーフ、雌クリツァなど欧州では雌雄別名が多い。東洋や南洋となると、マレイで雄鶏アヤム・ジャンタン、雌鶏アヤム・ベチナ、サモアで雄鶏モ
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