を任せたは美談か知らぬが、寵|弛《ゆる》んで更に他の男に嫁し、子供多く設けたは愛憎が尽きる(『曾我物語』四の九、『源平盛衰記』一九、『昔語質屋庫《むかしがたりしちやのくら》』五の一一、『平治物語』牛若奥州|下向《げこう》の条)。しかしながらこれら諸女の譚は、道義に立脚した全くの戯作《げさく》でなく、それぞれかつて実在した事蹟に拠って敷衍《ふえん》したものなれば、要は時に臨んで人を感ぜしめた一言一行を称揚したまでで、各生涯を通じて完全|無瑕《むか》と保険付きでない。女権が極めて軽かった古代には、気が付きいても心に任せぬ事多く、何ともならぬ遭際のみ多かったのだ。いわんや風土習慣ことごとく異なったインドで、しかも西暦紀元前九百五十年より八十六万七千百二年の間にあったという遠い昔のラーマーヤナ事件を、今日他国人どもがかれこれ評するは野暮の至りだが、このような者を宗旨の経王として感涙を催すインド人も迂闊《うかつ》の至り。それを笑いながら、歴史専門家でなければ記憶せぬ善光寺大地震の頃生まれたカール・マルクスを新説として珍重がるも、阿呆の骨頂と岩猿《いわざる》を絵図《えず》と猴話に因《ちな》んで洒落
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