じ入れしまった。もっとも驚き入ったは、いかほど螺旋を合わし損うても二度と柄の孔に合わぬ端を孔に当てなんだのと、右から左へのみ捻じ廻した事だ。一度捻じ入れて直ちに捻じ離し、二度めは初度より易《やす》く幾度も行うた。かくて随分巧者になったところでこれをやめて他の遊びに掛った。何の必要もなき事にかくまで辛苦したは驚くほかなく、一たびやり掛けた事はいかな難件をも仕遂げるが面白いと見ゆ。これ人間のほかに見ぬところである。誰も見て居ると知らずにやったのだから讃められたくてでなく、全く為《な》さんと欲したところを為し遂げんとの望みに出たのだ。この猴またやすやすと窓隠しを開閉するを覚え楽しみ、螺旋三つまで重ねて留めた鈴の手を皆捻じ戻して解いた。この褐色カプシン猴は猴類でもっとも睿智《えいち》のものと言うべく、野生のままでは大いにその睿智と模倣力を揮うべき事物に接せず、したがってやや低能なるも、人間《にんかん》に棲み、器具に近づくに及んですこぶるこれを揮うと見ゆ。かくてこの猴夜分毛布中に臥し、人のごとく物を抛《な》げ、物を取り寄せ杖で他を打ち、鎚《つち》で栗を破り、梃《てこ》で箱の蓋《ふた》を開き、棒を
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