は思わず識らず指が腹に向くので、さもなき牡猴や男にも幾分その傾向を具え居るので、時として孕婦の真似するよう見えるのでなかろうか。
 ペッチグリウ博士続けていわく、予かつて高等哺乳動物の心室と心耳の動作を精測したき事あって一疋の猴の躯を嚢《ふくろ》に入れてひっ掻かるるを防ぎ、これにクロロホルムを施すに猴あたかも予の目的を洞察せるごとく、悲しみ気遣いながら抵抗せず、予の為《な》す任《まま》に順《したが》いしは転《うた》た予をして惻隠《そくいん》の情に堪えざらしめた。その行い小児に強いられてやむをえず麻薬を施さしむるに異ならず、爾来どんな事あるも予は再び猴に麻薬を強うるを欲せず。またある時ロンドンの動物園で飼いいた黒猩(チンパンジー)が殊《こと》のほか人に近い挙止を現ずるを目撃した。それは若い牝だったが、至って心やすい番人よりその大好物なる米と炙肉汁の混ぜ物を受け徐《しず》かに吸いおわり、右手指でその入れ物ブリキ缶《かん》の底に残った米を拾い食うた後、その缶を持って遊ぼうとするを番人たって戻せと命じた。そこで黒猩|暴《にわ》かにすね出し、空缶を番人に投げ付け、牀《とこ》に飛び上り、毛布で全身
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