える。
 世に猴智慧というは『甲子夜話』続二一に、四国の猴は余国よりは小さくして舞伎を教えて能く習う、因って捕え他国へも出して利を得るとぞ。この猴に器用なると不器用なると二品あり、不器用なるは芸を為《な》す事能わざる故選びに念入る事の由、その選ぶ術は、まず一人を容《い》るべきほどの戸棚を造り、戸を閉《し》める時自ずから栓下りて開けざるごとくして中に食物を置き、猴多き山に持ち往きて人まずその内に入って食物を食い出づるを、猴望み見て人の居ざるを待って入って食物に就《つ》く、不器用なる猴は食う時戸を閉づる事を知らず、故に人来ればたちまち逃れて山中に走る、器用なるは戸棚に入り食せんとする時、人の来るを慮《おもんぱか》りわざと戸を閉づ。兼ねてその機関《からくり》を作りたるもの故すなわち栓ありて闢《ひら》けず、ついに人に捕えらると、ここを以て智不智を撰ぶとぞ。いわゆる猴智慧なるかなと見ゆ。未熟の智慧を振うて失策を取るを猴智慧といい始めたらしい。されば仏経にしばしば猴を愚物とし、『百喩経』下に猴大人に打たれ奈何《いかん》ともする能わずかえって小児を怨《うら》むとあり。また猴が一粒の豆を落せるを拾わん
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