めだ。かくて女王が勅定《ちょくじょう》した月数が過ぎると「別れの風かよ、さて恨めしや、いつまた遇うやら遇わぬやら」で銘々男の住所姓名を書いて渡し、涙ながらに船は出て行く帆掛けて走る、さて情けの種を宿した場合に生まれた子が女なら島へ留めて跡目《あとめ》相続、男だったら父の在所へ送致する(ここギリシア伝説混入)」というが甚だ疑わしい。しかしこの話をしたは正しき宗教家で、この二年内にかの島へ往きその女人に接した輩から親しく聞いたと言う。ただし日本に居る天主僧の書信に一向見えぬからどうもますます疑わしいとある。世に丸の嘘はないもので、加藤|咄堂《とつどう》君の『日本風俗志』中巻に、『伊豆日記』を引いていわく、八丈の島人女を恋うても物書かねば文贈らず、小さく作った草履を色々の染糸を添えたる紙にて包み贈る。女その心に従わんと思えば取り収め、従わざればそのまま戻す云々。女童部《めわらべ》の[#「女童部《めわらべ》の」は底本では「女童部《めらわべ》の」]物語にする。女護島《にょごがしま》へ男渡らば草履を数々出して男の穿きたるを印《しる》しに妻に定むという風俗の残れるにやと、ドウモ女人国へ行きたくなって
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