う。
 家康公が行水《ぎょうずい》役の下女に産ませた上総介《かずさのかみ》忠輝は有名な暴君だったが、その領地に無類の豪飲今猩々庄左衛門あり、忠輝海に漁して魚多く獲た余興に、臣民に酒を強《し》いるに、この漁夫三、四斗飲んで酔わず、城へ伴い還り飲ましむるに六斗まで飲んで睡《ねむ》る。忠輝始終を見届け、かの小男不審とてその腹を剖《さ》くに一滴もなし。しかるにその両脇下に三寸ばかりの小瓶《こがめ》一つずつあり。砕かんとすれども鉄石ごとくで破れず、その口から三斗ずつ彼が飲んだ六斗の酒風味変らず出た。忠輝悦んで日本無双の重宝猩々瓶と名づけ身を放さず、この殿酒を好み、この瓶に酒を詰め、五日十日海川池に入りびたれど酒不足せず、今猩々の屍を懇《ねんごろ》に葬り弔い、親属へ金銀米を賜わった由(『古今武家盛衰記』一九)。これは『斉東野語《せいとうやご》』に出た野婆の腰間を剖いて印を得たというのと、大瓶猩々の謡に「あまたの猩々大瓶に上り、泉の口を取るとぞみえしが、涌《わ》き上り、涌き流れ、汲《く》めども汲めども尽きせぬ泉」とあるを取り合せて造った譚らしい。
『野語』の文は〈野婆は南丹州に出《い》づ、黄髪|椎髻
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