せば、御馬の術も上達すてふ徴象で、さてこそ馬の災を除く猴とこの鳥を踏んで、馬櫪神よく馬を養いよく馬を御すと示したのだ。何と畏《おそ》れ入ったろう。また按ずるにホワイトの『セルボルン博物志』に牛が沢中に草食う際、鶺鴒その身辺を飛び廻り、鼻に接し腹下を潜《くぐ》って牛に著いた蠅を食う。天の経済に長ぜるかかる縁遠き二物をして各々自利利他せしむと書いて、利はよく他人同士を和せしむというたは、義は利の和なりてふ支那の文句にも合えば、ちと危険思想らしいがクロポトキンの『互助論』にもありそうな。惟《おも》うに鶺鴒は支那で馬の害虫を除く功あるのでなかろうか。張華の『博物志』三に〈蜀山の南高山上に物あり、※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴のごとく長《たけ》七尺、能く人行健走す、名づけて猴※[#「けものへん+矍」、127−10]《こうかく》という、一名馬化、同じく道を行く婦人に、好き者あればすなわちこれを盗みて以て去る〉、『奥羽観跡聞老志』四に、駒岳の神は、昔馬首獣の者生まれ、父母怖れて棄つると猴が葛《くず》の葉を食わせて育てた、死後この神と成ったと出《い》づ。『マハバーラタ』にはハリー
前へ
次へ
全159ページ中154ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング