嘉儀の物とするに雑多の理由あるべきも邪視を避くるのがその随一だろう。ここには猴に関してのみ略説しよう。その詳説は『東京人類学雑誌』二七八号拙文「出口君の小児と魔除を読む」を見られよ。
『書紀』天孫降下の条に先駆者還りて曰く、〈一の神有りて、天八達之衢《あまのやちまた》に居り、その鼻長さ七咫《ななあた》脊の長さ七尺《ななさか》云々、また口尻《くちわき》明り耀《て》れり、眼は八咫鏡《やたのかがみ》の如くして、※[#「赤+色」、124−3]然《てりかかやけること》赤酸醤《あかかがち》に似《の》れり、すなわち従《みとも》の神を遣して往きて問わしむ、時に八十万《やそよろず》の神あり、皆|目《ま》勝ちて相問うことを得ず、天鈿女《あまのうずめ》すなわちその胸乳《むなぢ》を露《あらわ》にかきいでて、裳帯《もひも》を臍の下に抑《おした》れて、咲※[#「口+據のつくり」、第3水準1−15−24]《あざわら》いて向きて立つ〉、その名を問うて猿田彦大神なるを知り、〈鈿女|復《また》問いて曰く、汝《いまし》や将《はた》我に先だちて行かむ、将《はた》我や汝に先だちて行かむ、対《こた》えて曰く吾先だちて啓《みちひら
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