物を豊穣にする神としたので、前に載せた越前の刀根てふ処で、今に猴神に室女を牲した遺式を行いながら毎年田畑のために猴狩りを催すは、崇めるのか悪《にく》むのか辻褄《つじつま》の別らぬようだが、昔猴を怕れ敬うた事も分り、年々殺獲する猴の弔いに室女を捧げてその霊を慰める義理立てにも当るようだ。盗賊|禦《ふせ》ぎに許されて設けた僧兵が、鴨川の水、双六《すごろく》の賽《さい》ほど法皇を悩ませたり、貿易のために立てた商会がインドを英国へ取ってしまう大機関となったり、とかく世間の事物は創立当時とその意味が変る物と見える。
『酉陽雑俎』巻十一に道士|郭采真《かくさいしん》言う、人の影の数九に至ると。この書の著者|段成式《だんせいしき》かつて試みて六、七に至りしがそれ已外《いがい》は乱れて弁ぜず、郭いわくようやく炬を益せばすなわち別つべしとありて、九影の神名を書いた物あったが虫に食われて紙面全からず皆まで分らぬと出《い》づ。予五、六歳の時|行燈《あんどん》を多く点《とも》し自分の影が行燈の数ほど増すを見て至って分り切った事と思うたが、博識ほとんど張華の流かと言われた段氏がこれほどの事を不思議がったは馬鹿げ
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