》』の狂言に言えるごとく、作物蕃殖を猴の名に寄せて祝い祈るという。猴が作物を荒す事甚だしき例は前にも載せたが、なおここに一、二を挙げんに、『酉陽雑俎』四に〈婆弥爛国西に山あり、上に猿多し、猿形|絶《はなは》だ長大、常に田を暴らす、年に二、三十万あり、国中春起ちて以後、甲兵を屯集し猿と戦う、歳に数万殺すといえども、その巣穴を尽くす能わず〉。アストレイの『新編航記紀行全集』二所収、一六九八年ブルユウの『第二回サナガ河航上記』に、西アフリカのエンギアンバてふ処に猴夥しく畑を甚だしく損ずる上、隙《すき》さえあれば人家に入り自分が食い得る以上に多く耗《へら》す故、住民断えず猴と戦争す、欧人たまたま奇物として猴を買うを見て訳が分らず、鼠を持ち来ってこれも猴と同じくらい食物を荒すから同価で買い上げてくれと言うた由。熊野の五村てふ処の人いわく、猴が大根畑へ付くと何ともならず、引き抜いて根を食いおわって丁寧に根首を本処へ生け込み置く故一向気付かず、世話焼くうち萎《しお》れ始めてようやく気が付く事ありと。されば最初猴を怕《おそ》るる余りこれに食を供してなるべく田畑を荒さぬよう祈ったのを、後には田畑を守り作
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