その鼻長さ七|咫《せき》、背長さ七尺余(まさに七|尋《ひろ》と言うべし)、かつ口尻|明耀《めいよう》、眼|八咫《やた》の鏡のごとくにして※[#「赤+色」、109−15]然、赤酸醤に似たりとありて、全く老雄猴の形容だ。宣長これを註して「さて※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]の形のこの神に似たるを以て思うに、鼻の長きも※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]に似たり、また背|長《たけ》七尺余とあるも俗に人の長立《たけだ》ちを背といわばただおよそその長立ちの事にもあるべけれど、もしその義ならばただに長とのみこそいうべきに、背をしもいえるは、これも※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]のごとく這《は》い居ます形についてその背の長さをいうにてもあるべし、神には様々あるめれば這い居たもうとせんも怪しむべきにあらず、もし尋常の人のごとく立ちて坐《ましま》さんには、尻のてり耀くというも似つかわしからぬをや」と言ったはもっともだ。それに介《かい》に手を挟まれて困《くる》しむ内、潮に溺れ命を失うたのも猿田彦は老猴を神としたに相違ない証拠だ。熊野などで番ザルと唱え、猴群
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