名菓ジュリアンと同じく、わが邦の梧桐《ごどう》の類に近きボムバ科に属し、アフリカの原産だが今はインドにも自生す。世界中最大の木の随一でその幹至って低いが周回七十|乃至《ないし》九十フィートのものなり。フンボルトその一つを測量して五千百五十年を経たはずと断定した。その樹皮と葉を駆虫剤とし、葉を乾かして痢病に用い、殊に汗を減ずるに使い、その木を網の浮きとするなど、すこぶる多用な木だが、一番珍重さるるはその実で外部木質、内に少し酸《す》く冷やかな軟肉ありてゴム様に粘る。その大きさ瓢《ひょう》のごとし。生食してすこぶる旨く、その汁を搾って砂糖を和し飲めば瘟疫《おんえき》に特効あり。エジプト人はその肉を乾かし水に和し飲んで下痢を止むとあるから(『大英百科全書』巻三、リンドレイの『植物界』第三板三六一頁、バルフォールの『印度事彙』第三板一巻、二二および二七六頁)、猴麪包の功遥かに存否曖昧の猴酒に優《まさ》る。それと比較にならねどわが邦にもサルナシという菓あり。猫が好くマタタビと同属の攀緑《はんりょく》灌木で葉が梨に似るから山梨とも呼ぶ。甲斐の山梨郡はこの物に縁あっての名か。その皮粘りありて紙をすくに用ゆ。実も条《ゆず》に似て冬熟すれば甘美なり。『本草啓蒙』にその細子|罌粟《けし》子のごとし。下種して生じやすしとあれど、紀州などには山中に多きも少しも栽培するを見ず。しかし平安朝廷の食膳を記した『厨事類記《ちゅうじるいき》』に※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴桃を橘《たちばな》や柿とともに時の美菓に数えたれば、その頃は殊に賞翫したのだ。『本草綱目』三三に、その形梨のごとくその色桃のごとし、而して※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴喜んで食う故に※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴梨とも※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴桃とも名づくとあれば、邦名サルナシは支那名を和訳したのか。それからサルガキとて常の柿と別種で実小さいのがある。漢名君遷子、この柿の渋が養蚕用の網を強めるに必要で、紀州では毎年少なからず信州より買い入るを遺憾に思い、胡桃沢勘内氏民俗学の篤志家で文通絶えざるを幸い、その世話で種を送りもらい植え付けて後|穿鑿《せんさく》すると、紀州の山中処々に野生があった。それを培養せぬ故古来無用の物になりいたのだ。邦人の
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