羊談もかようの物に基づいただろう。また『輟耕録《てっこうろく》』に漠北で羊の角を種えて能く兎の大きさの羊を生ず、食うに肥美《うま》しとある(『類函』四二六)。一六三八年アムステルダム板リンショテンの『航海記』一一二頁に、ゴア市の郊外マテヴァクワスなる土堤《どて》へ羊や牛の角を多く棄つる。これはインド人もとよりかかる物を嫌うが上に、スペインやポルトガルよりの来住人は、不貞の淫婦の夫を角生えたと罵《ののし》り、近松の浄瑠璃に夫が不在中、妻が間男《まおとこ》拵《こしら》えたを知らずに、帰国早々知り合いより口上なしに苧麻《おあさ》を贈りて、門前へ積み上げたごとく、角を門前へ置かれたり、角や角の形を示さるるを妻が姦通しいる標示とする故、太《いた》く角を嫌うからだ。さてこの土堤に捨てられた角は、日数経て一|掌《パーム》、もしくはそれ已上《いじょう》長き根を石だらけの荒地に下す事、草木に異《かわ》らず、他に例もなければ訳も別らず。千早振《ちはやぶ》る神代も聞かぬ珍事なるを予しばしば目撃した。だからゴアの名物は間男持ちの女で角を切ってもまた根ざすと苦笑いながらの評判だとある。わが邦で嫉妬を角というと多
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