訓《よ》みしは、『平兼盛家集』に「ふる雪に色もかはらで曳《ひ》くものを、たれ青馬と名《なづ》け初《そめ》けん」、高橋宗直の『筵響録』巻下に室町家前後諸士|涅歯《でっし》の事を述べて、白歯者と書いて「アオハ者」と訓ず、白馬を「アオ馬」というがごとしといえるにて知るべし。
すべて色は温度電力等と違い、数度もて精しく測定し得ず、したがって常人はもとより、学者といえども、見る処甚だ同じからず、予この十二年間、数千の菌類を紀伊で採り、彩画記載せるを閲するに、同一の色を種々異様に録せる例甚だ多し。これ予のみならず、友人グリェルマ・リスター女の『粘菌図譜』、昨年新版を贈り来れるを見るに、Diderma Subdictyospermum の胞嚢は雪白と明記され、D. niveum も、種名通り雪白なるべきに、図版には両《ふたつ》ながら淡青に彩しあり。されば古え色を別つ事すこぶる疎略にて、淡き諸色をすべて白色といいし由 L. Geiger,‘Zur Entwicklungsgeschichte der Menschheit,’S. 45−60. 等に論じたり。高山の雪上の物影は、快晴の日紫に見ゆる故、支那で濃紫色を雪青と名づくと説きし人あり(A. Sangin, Nature[#「Nature」は斜体], Feb. 22, 1906, p. 390)、紫を青と混じての名なり、光線の具合で白が青く見ゆるは、西京辺の白粉多く塗れる女等にしばしば例あり、かかる訳にて、白馬を青馬と呼ぶに至りしなるべし。
底本:「十二支考(上)」岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年1月17日第1刷
1997(平成9)年10月6日第10刷
底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
1951(昭和26)年
※底本は、物を数える際に用いる「ヶ」(区点番号5−86)を大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:かとうかおり
2006年1月31日作成
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