食田を増給せしに、文禄中五百歳で死す、郡民千余人葬いの行粧して、野に出で弔いし(『南海通記』二十一)、まずは馬中の神仙じゃ。
馬の話をするととかく女の事を憶い出す。女にも寿かつ美な者もありて、『左伝』に見えた鄭|穆公《ぼくこう》の女《むすめ》夏姫は陳太夫御叔が妻たり、六十余歳にして、晋の叔向に再嫁して子を生めり。『列女伝』に、〈夏姫内に技術を挟《さしはさ》む、けだし老いてまた壮《さか》んなる者なり、三たび王后となり、七たび夫人となり、公※[#「危」の「卩」に代えて「矢」、第4水準2−82−22]《こうこう》これを争い、迷惑失意せざるはなし、あるいはいわくおよそ九たび寡婦とならば、これに当る者すなわち死すと、左氏載するところ、これに当る者すでに八人〉と見えしごとく、数の夫に会いて百歳に及ぶまでなお非行を為《な》しける者なり、これ閨中に術あるに因ってなり。宇文士及が『粧台記』の序にも、〈春秋の初め、晋楚の諺あり、曰く夏姫道を得て鶏皮三たび少《わか》し〉と見えしも、老いて後鶏皮のごとく、肌膚の剛《こわ》くなるは常の習いなるに、夏姫は術を得て、三度まで若返りたるという事なり(『類聚名物考』一
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